「ホンネ」で振り返ってみる 私の2004年

 

激動の予兆

2004年を迎える前年、2003年のシーズンも終了間近になったころ、新聞記事に踊ったのが「近鉄ローズ、巨人へ!」という、大スポ(大阪スポーツ:関東なら東スポ、九州なら九スポ)の記事だった。直後に、サンスポでも同じ内容が…しかし、これらの「信用できない」新聞社の記事は、半ば無視していたが、逆に火のないところに煙を炊くのも、スポーツ新聞社の恐ろしいところである。何とか既成事実としてブチ挙げて、周囲もその気になってしまうような…少なからず、近鉄とローズとの契約は揉めるだろう。これは、ここ数年の年中行事でもあり、他球団のどの外国人選手よりも活躍し、近鉄をこよなく愛するローズ。しかし、高額の年俸を払いたくても払えない近鉄の実情も、判ってはいた。3度目のホームランキングとなり、シーズンが終わって帰国するローズは、来季の契約については「それはビジネスだから」という、今まで耳慣れなかった言葉を残し帰国。結果的に再来日するときは、関空ではなく成田だった。

週刊誌等で、野球界が球団数を減らして1リーグに移行する動きは、この時期も報じられていた。かつて、FA制度を導入しないと、連盟から脱退して新リーグを作ると、讀賣の渡辺オーナーは恫喝していたが、ここに来て彼の発言は再び激しくなっている。その縮小の対象は、親会社が苦しいダイエーであり、観客動員がままならない広島であり、関西の不人気パリーグの近鉄・オリックスであり、同じく関東の不人気セリーグのヤクルト・横浜でありなどと。日本ハムは来季から、予定通り東京から札幌に移転するが、これとて東京での「敗戦」を意味していた。この前年の2002年、つまりはリーグ優勝した翌年だが、私は開幕戦の観戦のため大阪ドームに出向いたのだが、前年終盤のそれなりの混雑状況から、開幕は混むだろうと予測し、鈴木啓示のバブルヘッド人形を貰い損ねないように、通常より早目に出向いたが、何のことはなかった。それは試合が始まっても一緒で、内野指定席エリアは普通にガラガラで、これが開幕戦か?しかも前年リーグ優勝したチームの本拠地なのにと。更に言えば、阪神タイガースはまだ開幕を迎えておらず、関東でオープン戦中であってもである。

こんな有様だから、ローズがどれだけ近鉄を愛してくれても、それに見合う年俸は厳しいことは、感覚的に理解はしていた。そこへ持ってきて、日本シリーズが終了直後、日本一になったダイエーの小久保が巨人へ「無償譲渡」された。確かに小久保はこの年、オープン戦での怪我が長引き、1年を棒に振り、ダイエーも某外資系企業への「身売り」が噂され、渡辺オーナーが「野球協約違反だ!」と猛反対していた。これはある意味、ダイエーへの脅しで「迷惑かけたのだから、小久保を差し出せ」のような、あり得ない何かが動き出している。程なく、当時の永井球団社長から「来季はローズと契約しない」という正式発表があった。特にこの年、阪神が久しぶりに優勝したこともあって、関西ではどこもかしこも阪神一色となっていた。関西圏以外の人から見れば、大阪の人はみな阪神ファンのように映るようで、私のように「阪神は12球団で一番嫌い」というのは特異に映ったと思う。一方で、こんな状況を冷静に見て、近鉄も日本ハムのように関西から出るのもありかな?と。例えば仮に、来季主催試合を行う松山へなどとも思った。坊ちゃんスタジアムのような立派な球場もあるし、何たって四国は野球王国だから人材の宝庫で、将来は水口栄二が監督をやるのもよし。確かに大阪には拘りはあるのだが、大阪ドームには拘りは無く、球団の方が重いと思った。

ローズの退団が決まり、暮れも押し迫ったころ、近畿日本鉄道の山口昌紀社長が、新聞のインタビュー記事にて、有利子負債の返済のために、各事業を見直して行く方針を打ち出し、その中で球団も例外ではないとの発表をしたのもこの時期である。

2004年の新年早々

ローズが抜けて、替わりに来たのがラリー・バーンズ。まだ見ていないから何とも言えないが、少なくともローズの代わりのような視点は避けないといけないし、バーンズはバーンズで頑張れば良い。藤井寺での自主トレが始まり、FA権を取得した大村直之が結局行使しなかったのは、ローズの契約破談を見てとのことだったそうだ。この機会に、複数年契約でも申し入れてみようとした大村だったが、ローズですら複数年はまかりならんとのことなら、自分にはムリだろうと思ったそうだ。大村は、このとき行使しなかったことが、後に大変有効に使えることになった。複数年契約は、赤堀元之と中村紀洋しか実績はない。その是非については判断はし兼ねるが、ローズの要求は、年報のアップよりも複数年だったと当時は伝えられた。もしそうであれば、何故ローズほどの実績を挙げた選手でもムリなのか。今にして判ったが、この時点でもう近鉄は、2005年以降は球団を保有しない方針を固めていたそうで、複数年契約をしている選手の扱いはややこしくなる。そうなれば、複数年契約中の中村の扱いはどうするのか?というのが、合併発表から暫く経っての感想だった。

キャンプイン直前のオーナー会議では、特に大きな話はなかった。むしろ、その少し前に行われた監督会議で、梨田昌孝監督が切り出した「セリーグとの交流戦」の実施については、非常に興味を抱いた。フロントサイドではなく、現場レベルでは相当な危機感を持っていることは、容易に想像ができた。この件は当然、セリーグ側の一方的な反対で却下された。そして、オーナー会議の翌日のキャンプイン前日、妙な話題が飛び込んできた。

ネーミングライツ。前年に、グリーンスタジアム神戸を「YahooBBスタジアム」と呼ぶなど、所謂「名義貸し」を球団名に実施するとの発表が、近鉄から発表された。要するに、各種報道から何から、近鉄という名が消える。しかし、球団経営は近鉄が行い、名義貸し料は年間36億円で、既に数社と話はついているとのこと。私の存念は、大きく「近鉄」に拘るので、これはかなり抵抗があった。むしろ、それくらい経営が厳しいのであれば、いっそのこと身売りしてしまえばとも思い、中途半端な印象は拭えなかった。これについては、讀賣の渡辺オーナーは大反対し、球団を何だと思っているのだと。ある意味これは、当時としては賛同できた。しかしその後の、西武堤オーナーの「近鉄はパリーグの恥」という発言は、かなり怒りを覚えた。内容ではなく、この人はいつも渡辺氏が言えば、それに賛同して何か言うスタンスだからである。それによって、5日後に撤回されたのだが、キャンプ情報よりもそちらが気になったのは事実である。しかし、ダイエーの佐藤球団代表の「そういう方法もあるのか」という発言で、少し考えさせられることになり、何も一方的に否定するものでもないと、少し考え方を改めた。ただ近鉄としては、これで八方塞がりになったのである。

2月の終盤に、日向へ出向いてキャンプを見物。これはもう、年中行事にしている。右膝を手術した中村は、既にベロビーチに旅立ち、ドジャースのキャンプに合流して居なかったが、その主旨は良く判らない。別に中村がいなくても、キャンプは普通通りに見てきたが、あまり現場に来ない近鉄経営陣の中で、小林哲也球団代表がこのとき来ていて、梨田監督や選手とも普通に会話しているなど、あのネーミングライツの件は既に昔の話になりつつあった。

オープン戦が始まって、大阪ドームでポツポツと観戦仲間と久しぶりに再会。このときの最初の挨拶は「いや、とんでもないオフやったな」ローズの退団と、ネーミングライツの件であるが、正直現場にいればそんなことを忘れさせてしまう。ただし、讀賣とのオープン戦で、ローズが登場した時の周囲の反応に多少興味があったが、概ね拍手で迎えていた。ここらへんのさじ加減は難しく、確かにローズは近鉄を自分の意思で退団したのは事実なのだが、伝われ方として決めたのは代理人であって、近鉄側が一方的に契約を拒んだような論調でもあった。それにしてもこのローズに限らず、年俸が高い有望選手が讀賣に移籍してしまう有様は、資金面での球団格差が余りにも大きいプロ野球であることを、実感せずには居られなかった。こうなると、やはりパリーグはどこも苦しくて、ムリして経営していると思わざるを得ない。それなら身売りとかがあるのだが、これも加盟料とかで一筋縄では行かない。よって、どこかがドボンするまでの我慢比べのような印象を受けながら、開幕を迎えるのであった。近鉄は永井球団社長が退任し、小林球団代表が社長に。足高取締役が、球団代表に昇進した。今思えば、Xデーへの下準備がなされている。

そして開幕

ここのところAクラスを確保しているので、大阪ドームでの開幕は3年連続。相手は新装成った「北海道」日本ハムファイターズで、世間の注目は球団よりも「SHINJO」だった。そんなときでも、頭のどこかに残っている「球団が危ない」ということ。開幕シリーズは連勝したが、程なく「今季は苦しい」と思わざるを得なかった。抑え投手のヘクター・カラスコが、見事なくらいに打たれて試合をひっくり返される。大阪ドームでは、開幕戦は良かったが、次のロッテ戦で1点差を守れずだったが、翌日はきっちり抑えた。しかし、、西武球場では3連戦で2試合サヨナラを喰らったり、千葉でも札幌でも打たれまくっていた。そして4月末頃の大阪ドームの西武戦でも、案の定9回に打たれる。その様は、冗談ではなく「イカサマ」じゃないかと思うくらい綺麗にやられる。そんなカラスコを2軍に落として、GWは大阪ドームのダイエー戦で、連続サヨナラ勝ち。5月に巻き返せるかとも、一瞬思った。しかし、悪夢の年は悪夢が続く。

5月16日の日曜日に、岩隈が完投勝利で開幕8連勝した。日曜日に勝つというのは、非常に気持ち良いもので、翌日から会社も気は重くなくなる。その月曜日の昼頃、連絡が届いた。鈴木貴久2軍打撃コーチが、亡くなったとのこと。今は、梨田監督がチームを引っ張っているが、いずれは大石大二郎監督となり、そのコーチングスタッフはやはり、10.19当時のメンバーが少しでも多く居て欲しかった。そうなると当然、打撃コーチは鈴木貴久コーチに、と思っていたがそれが崩れた。チームはこの日は福岡で試合があり、その弔いの試合となり、若いとき鈴木貴久にお世話になった水口が、決勝タイムリーを放ち、喪章に手をやっていた。鈴木貴久の追悼試合は、6月1日の大阪ドーム。背番号2の後継者的山哲也が決勝の犠牲フライで勝利し、2次会は延々と続いた。同じく、ありし日の鈴木貴久を弔う、写真展示が6月11〜13日に行われたが、今思えば、11日に見ておいて良かった。

5月の末に、松山へ遠征に行ったのだが、相手は千葉ロッテ。せっかくの週末の地方開催だというのに、スタンドはほぼ空席だった。パリーグの認識って、所詮はこの程度なのだろうか?確かに、両外野席は応援団でいっぱいだったが、内野席は半分も埋まっていなかった。近鉄にしてもロッテにしても、別段この松山にはゆかりはない。本拠地移転先として、松山なんかどうだろうかと思ったが、やはり難しいのか。いや、やはり「ホームチームですよ!」と宣言すれば違うのだろうか。

そして6月11日金曜日、会社の奴にとんでもないことを言われた。それが「近鉄ってオリックスと合併するみたいですね」と。情報のソースは「週刊実話」という、くだらない週刊誌であったが、今読み返せばかなり興味深い内容だった。要は、来季から1リーグ8球団にして、パリーグではそのまま残すのは日本ハムだけで、讀賣・阪神・中日はそのままで、西武とロッテ、ヤクルトと横浜、近鉄とオリックス、広島とダイエーが合併する。場合によっては、広島と西武はそのままで、ロッテは韓国と縁があるので、福岡に本拠を移してダイエーと合併する方法もある。その中で、やはりネーミングライツを行おうとして失敗した近鉄と、親会社が産業再生機構入り目前のダイエーは、もはや撤退するなどの話が書いてあった。言って来た奴に対しては「くだらねー」と返答したが、案外どころかこんなくだらない週刊誌でも、時にスクープすることがあることを、私は知っている。その構造は判りやすくて、これらの球界再編計画をしている球界の中枢にいる人物でも、小遣いは欲しい。そしてゴシップ週刊誌は、スクープを集めるためには、カネに糸目をつけないものである。もちろん、飛ばし記事も多いのだが、この件については、余りにも話が具体的過ぎるので、もしかしたら?と本当に思った。しかも、6月7・8・9日におけるガラガラの大阪ドームの写真まで載せて「閑古鳥が鳴く大阪ドーム」などと、ご丁寧に記載してある。このオフには、何かが起こるかも知れない。しかしその認識は、かなり甘かった。

6月13日

オフに動きがあると思ったが、それどころか直後に起こった。この6月13日は、もちろん大阪ドームに向かったのだが、朝はテレビなど見ず出掛けた。私は新聞記事は会社でネットで拾うのだが、休日はたまに高鷲駅で「日経」を購入する。この日も特に、1面記事を気にすることなく日経とニッカンを購入して、大阪阿部野橋行きの各駅停車に乗り込んだ。ガラガラの電車に座り、最初はニッカンを手に取り、阪神の記事を飛ばすために2枚剥ぐって、岩隈の写真を見つけてしばし読む。それでも記事が少ないので、すぐ読み終えてしまう。時間に余裕があったので、河内松原で乗り換えず、そのまま各駅で行ったのだが、その待っている間にニッカンから視線を外し、脇に置いてある日経がチラッと目に入って「近鉄」って書いてあったなと思い、もう一度良く見ると「近鉄球団 オリックスに譲渡交渉」と、しっかり書いてあるではないか。私はニッカンを畳んでバックにしまい、日経の記事を何度も読んだ。それは、あべのでJRに乗り換え、大正に向かう途中もずっと読んでいた。名前も何も知らないけど、藤井寺の時からよく来ていたおっちゃんが、私が見ている新聞記事を目聡く見つけて話しかけてきた。恐らく向こうも「よく来ている奴」と思ったのだろうし、新聞記事を見せてやった。愚にもつかない会話をしていると、大正駅に到着したので、その場でおっちゃんとは別れた。

以後の騒動については、細かく言及しないが、日経の論調としては、断言はしているようだが問題提起のように結んでいる。要は「今後混乱が予想される」と。あの日の入場待ちの11番ゲート付近は、今でも忘れられない何か一種の重苦しいような空気に支配されていた。一般にどの球場でもそうだが、外野自由席というところは、最初に席が埋まるので、待っている客が一番多い。そして前方には、我々のような他に趣味のない「常連」が居て、常連は前日にシートを貼っているので、時間直前まで列には並んらばず、あちこちで時間を潰している。後方には、常連ではない「お客さん」であって、球場毎のローカルルールは知らないから、係員の言うとおりに並んでいる。そして、常連はこのニュースをキャッチしていて、お客さんは殆ど知らない。更に常連は、関西マスコミのえげつなさ、パリーグ球団に対する冷たさをよく理解しているので、これ見よがしに来ていたマスコミを無視して、この件には触れない。

相手の日本ハムファンだって、いろんな面で困ったであろう。一体全体何だと、興味はもちろんあるけど、近鉄ファンに聞いたら失礼だし。この件で、近鉄は14時から天王寺区のホテルで記者会見をするという情報を得たが、もちろんそれは都ホテルだが、試合中というのが大いに引っかかった。と言うのも、試合の真っ最中にやるのも非常識だし、否定会見するにしても試合後が常識だ。もちろん、その会見はリアルタイムで見ることはできなかったが、夕刻のニュースで確認したのが、梨田監督すら知らないということだったのには驚いた。逆にこうも考えた「それだけ、近鉄の決意は固いのかな」ということ。ファンだろうが、選手だろうが、監督だろうが何だろうが無視して、試合中で迷惑がかろうが、構わないと。むしろ、その関係者に迷惑をかけてやろうと、敢えて試合中に行ったのではないか?それぐらいの「決意表明」であったと感じた。同時に、球界経営陣と、選手・ファンの3ヶ月の闘いに火蓋が切って落とされたことになる。

合併反対とやじ馬

疑問は、もちろんたくさんあった。何で身売りではないのかは、はっきり言えば近鉄の立場からすれば、もう球団を持たなければ良いわけで、選手の去就でもなんでも、オリックスにブン投げちまえという程度だったろう。だから、身売りでも合併でも何でも良かったわけで、多少は他社に話はもちかけたけど、色好い返事がなかったのも事実だろう。だって、40億も赤字が出る「体質」だそうだから、誰も買うわけがない。もう疲れ果てた近鉄は、ネーミングライツで反対されたことを契機に、もう球界に逆らわないことが、撤退の一番の早道と判断したのだろう。そんななりふり構わない近鉄の姿勢は、そら恐ろしかった。更に言えば、他球団のオーナーは概ね大歓迎。いや、渡辺オーナーと堤オーナーだけだが、その他の球団は面食らっていただけだった。それは、阪神も同じである。何よりも、パリーグの小池会長の、当初は考え直せないかという発言から、一転して推進に変わった身代わりの速さは、呆れ返るばかりだった。

近鉄に同情すべき点は、無くもなかった。ネーミングライツの失敗に続き、開幕直前に経営再建を目指す大阪ドームから、年間使用料12億円で30年の長期契約を要請されていた。そんな無茶な話ではあるのだが、これは福岡ドームを売却したコロニーキャピタルと福岡ダイエーホークスの形態に良く似ている。とは言え、球団によって事情が違うのだから、そんな要請は却下してしまえば良さそうだが、そうも言えなかった。近鉄は、大阪ドームの大株主でもあり、経営参加している企業としては無下に断ることもできない。しかも、もうタイムミットは近く、ゆっくりと球団の売却先を探すこともできないし、大阪ドームとの契約を結んでしまっては、なおさら売却もし難くなる。したがって、どんな形でも自分たちが苦しいことや、もう球団を持ち続けない意思を、明確にしなければならない。オリックスからの申し入れを受け入れたのも、そんな背景があってのこと。後に近鉄の山口社長が、大阪ドームに対して「広告の1つでも出せば1億くらいは入るのだから、有力な会社に持ちかけたらどうですか」とアドバイスをしたことを告げたが、かつて近鉄の広報で鳴らした男の意地もあっただろう

私も社会人であり、それなりに経験を積んでいるから、近鉄なり関係者なりの行動は理解はできる。「ファンを無視した!」などと、純粋に怒ったりするほどヤボな人間じゃない。合併も、ある意味商業活動の一環であるし、それで泣く人が出てくるのも当然。更に言えば、近鉄はもう野球どころではないのも事実だ。世の中、強い者と弱い者はいるし、立場が上の者と下の者もいて、指示する者と指示される者がいる。だがその上で大事なのが、月並みな言葉であるが「世間体」である。近鉄は、ここらへんの配慮が足りなかった。どうせ、ウチの球団なんて人気がないし、客も少ないのだから、たいしたことないだろうという認識だったと思う。確かに近鉄ファンは少ないだろうが、世の中には「野次馬」というのは居て、野球というカテゴリで括れば、想像を絶するファンはいる。実際、この発表があってから、大阪ドームのライトスタンドでも、見慣れない人が少し増えたものだった。この人らは、わざわざ話しかけてきて「合併って反対ですよね」とか聞いてくる。私は習慣上、球場で気軽に話しかけてくる見知らぬ者には注意する傾向にあるが、それも人によりけりで、善良な方とそうでない者の区別はつく。合併バブルとも言うべき者の中には、実はドームの外に出れば、クリップボードを抱えて大声を出して、「署名活動」を実施している者もいた。個人的に言えば、大変申し訳ないのだが、ドームに行くたびに署名を依頼されたが遂に一度も書かなかった。この理由は以下に書くとして、こういう「勢力」に、球団は配慮が足りなく、いよいよ悪役になって行く。

近鉄の立場になれば…

ここらの説明は、結構気を遣うところではあるが…合併反対活動は、それなりに「盛り上がり」を見せていて、はっきりと「異常事態」であった。署名活動を行うグループも何種類か居たようで、更には「大阪の○○の会」とかも色々出来上がり、2度ほど付き合いで行ってみたが、所詮はその団体の政治的活動以外の何者でもなかった。要するに、この注目された状態で、名を挙げようと…そこまでは考えすぎだろうが、その最たる人物が登場した。堀江貴文ライブドア社長である。今でこそ、犯罪者となってしまった堀江氏だが、当時の印象としては「半信半疑」。第一、ライブドアが球団を持つのに相応しい企業かどうかは、誰だって判っていただろう。所詮は売名行為であり、あれを期に芸能番組に出演しまくり、著書で「カネさえあれば、お姉ちゃんはやり放題」なんて書いているアホには、野球界には入って欲しくない。しかし…しかしである。近鉄の山口社長は「ライブドア?そこらへんのうどん屋が球団持てるんか?」と言ったそうだが、それもこれも「消滅するよりは」ライブドアだろうが、うどん屋だろうが、一向に構わない。東映から日拓ホームになり、その後日本ハムがついたようなこともあるのだから、消滅させず一時凌ぎでも繋ぐことが重要に思えた。だから、最近になって「ライブドアにならなくて良かったですね」と聞かれることもあるが、一概にそうとも言い切れない。

実は、このライブドアを巡って、少々トラブったことがある。ある拍子で署名活動家と話しているとき、私が「ライブドア『でも』かめへんよ」と言ったら、「いいえ、ライブドア『が』いいです!」と。悪いけど、ポッと出の署名活動家には理解できないであろうけど、私はやはり「近鉄っ子」であり「オレにはオレの『近鉄』がある」のだ。それは何も、ライブドアのようなベンチャーだからではなく、それこそ世界の松下電器や日本生命であっても同じ。もう近鉄ではムリだし、ライブドアの方が可能性は秘めていたのは、頭では理解していた。けど、他人に指摘されたくない。それも、「礒部も『今年から』選手会長になったばかりで大変ですよね」なんて言う奴なんかに。その程度の話だから実にくだらないないのだが、こういうときこそファンが一つになって、合併を反対して行きましょう!何かをしましょう!と言われても、行動しなかったし、私設応援団の署名だってしなかった。だから、ある意味指をくわえて、ことの成り行きを見守っていただけで、礒部公一が音頭を取って行った選手会による署名活動だって、一度も書かなかった。それ以上に、試合前の大事な時、何でこんなことせなアカンのかと気分を害したくらいだった。署名活動家の方々を、一括りに「野次馬」と言うつもりは毛頭ないし、その行動は善意から来るものは理解していたのだが、私には私なりの近鉄とのケジメをつけたかった。

一口に「近鉄ファン」と言っても、その価値観は100人居れば100通りの考えを持つ。この件でも、合併に賛成してオリックスと一緒になって頑張ろう!などと考える人は100人に一人も居なかったと思うが、「近鉄」に拘る人とそうでない人、大阪に拘る人とそうでない人、大阪ドームに拘る人とそうでない人など、各種条件で切り分ければ相当に分裂したと思う。これらの論調は、次第に「パリーグの存続」に変ってきていた。これは各種ニュースでも大きく取り上げられ、それこそ今まで近鉄を、パリーグを良く観ていない色んな奴が色んなことを言っていて、どう聞いても的外れも多かった。おかしかったのは、日曜日の関口宏の番組で、張本勲氏が「球団を減らして1リーグにしなければいけません!」と力説し、それに対してサッカーの中西哲生氏が「ファンがあれだけ反対しているのに…」と反論する。所詮、野球界のOBなんてのはこの程度。張本などは、讀賣に媚を売っているだけで、どんなに立派な成績を挙げた人でも、頭の悪い奴はこうして生きて行かなければならないのである。私の中では、1リーグとか球団数がどうとか、そこら辺までは思考が廻らなかった。とにかく「近鉄」であり、身売り・本拠地移転までは譲歩できるまでだった。よって、パリーグの存続とかは、もちろん存続した方が良いとは思ったが、そこまで至らず。近鉄とオリックスの合併は止めて欲しいの1点で、他球団にそんな思いをさせてはいけないという思考レベルは、決着がついた後思うようになった。

自分なりのケジメ

夏の甲子園報徳学園VS横浜で、評判の横浜の涌井(西武)と、報徳の2年生片山(楽天)の投げ合いを観ながら、彼らが進むであろうプロ野球って、何だろうなと。けど、最後であれば優勝したい。ただ状況的に、1位はかなり不可能だから、日本ハムとロッテとの3位争いで、プレイオフに進出するのが現実的な目標だろう。しかし、エースの岩隈は良いのだが、抑えのカラスコと4番の中村が全くダメなので、連勝ができない。近鉄バファローズを眺めるという、最も幸福な時を過ごすことは、もう間もなく終わるのかもしれない。このとき同じくして、会社でもやはりアクションを起こす必要があった。私は大阪本社で入社して、以後岡山に1年と新潟に半年勤務した経験はあるが、それ以外は全て地元大阪。キャリアアップのためにも、やはり東京本社勤務も必要だし、少し前から勧められていることもあった。いつかは、東京も行かなければならない。けど、近鉄バファローズの日本一のときは、地元大阪に居たい。2001年のリーグ優勝で、その可能性が出てきた昨今だが、あの年をピークに年々落ちているのは明らかだし、今年で最後になるかも知れない。もう無くなれば、東京に行くのは何の後顧の憂いはないが、最後なら最後まで見届けてから出発したい。夏の暑い日に、信頼できる上司と心斎橋で飲んでいる時に、そんなことを告げ、10月の定期異動には間に合わないが、少し時期がずれるけど、東京にもポストはある筈だから、掛け合ってくれると約束してくれた。合併反対もヒートアップしているが、もし万が一、合併が回避されたとしても、暫く優勝は遠ざかるであろうから、このときに私は上京をほぼ決意した。近鉄バファローズ中心に過ごしてきた私の人生の、大きな変換期であることを理解していたのかも知れない。

思えば長い、31年間だった。綺羅星の如く、眩い選手たちを間近で見つめてきたが、一方で世間では注目されたいない選手たちでもあった。近鉄バファローズは、その実力に対して人気や年俸が伴わない集団であり、どうしても引き際でトラブルが発生していた。チャーリーマニエル・井本隆・吉井理人・野茂英雄・金村義明・石井浩郎・大塚晶文・そしてタフィローズ。彼らがチームを去るときは、何かしら揉める。他球団の選手より優れているのに、それに見合った年俸を貰えない。いや、払ってあげたいけど払えない。不条理で優遇される選手と不遇の選手の差が激しく、決して仲良し球団ではなかった。梨田昌孝と有田修三で、どれ程の差があったのか。佐々木恭介よりも、栗橋茂の方が優れていたではないか。鈴木啓示の実績は素晴らしいが、小川亨だって長年貢献してきたではないか。阿波野秀行・山崎慎太郎・加藤哲郎・小野和義・吉井理人・高柳出巳・石本貴昭の投手陣は、生え抜きのまま終われなかった。同じ頃、藤井寺でファームの試合を見た。この選手たちに、明日はあるのだろうか。ウェスタンリーグで前期優勝したメンバーは、殆ど1軍経験のない選手たちで、5〜6年後に彼らが1軍の舞台で「揃って」活躍する場はないのか。そんなことは、現場で試合の真っ最中なら思いも寄らないが、試合を離れると色んなことを考えてしまう。しかし、時はどんどん過ぎて行き、確実に崩壊の道を歩んで行く。

球団社長の小林哲也が、ニュース番組で「時代は1リーグ!」などと能天気に言っている。日向で、梨田監督や選手たちを労っていた男は、今まさにファンの敵になっているが、かくもサラリーマン社会は残酷で、簡単に掌を返すようなことを、何の躊躇いもなく、しなければならないのであろうか。あの近鉄が、これほどまでに本気で進んでいるのだが、ここまで来ると「滑稽」に見えた。と言うのも、何度も球界の会議に出席しているのだが、かなり違和感を覚えた。だって、来季はもう撤退する会社なのに、会議に参加して野球界は云々かんぬんと、説得力あるのかいな?どう見ても、1リーグ推進派たちに便利に利用されている「パシリ役」でしかないし、推進派の召使として1票投じる役割を担う。小林を見ていると、今まで応援し続けて来たのがアホらしくもなる…もちろん、選手たちを応援してきたのだが、情けないやら何やら。1リーグ推進派は、讀賣渡辺・西武堤・オリックス宮内の3オーナーだろう。堤・宮内が、讀賣と常時試合をして、収益改善をしようとしたいのは良く判る。そのために、パリーグの球団の縮小を既成事実化して、1リーグに仕向けたのは周知の通りで、今もってこの2球団は好きじゃない。そのターゲットにされたのが、黙っていてもドボンするであろうダイエーと、ネーミングライツなんてブチ挙げた近鉄。で、近鉄は同じ関西で宮内のとこで世話して、他球団のオーナーでは、横浜・ヤクルトは巨人の言いなりだし、ロッテは西武の言いなり。中日と日本ハムは放って置いてもいいし、阪神なんかは所詮久万の爺さんはボケ老人だから大したことはない。唯一目の上のタンコブは、松田一族の広島だけ。そんな感じで、進めて来たのだろう。野球界って、くだらない権力構図がある社会であることを改めて痛感し、絶望はしないが失望はする

各球団、好き勝手に物を言っているし、本来これを統括すべきコミッショナーは、いかにもグータラ親父の風情だから全く頼りない。家に帰れば孫に「お爺ちゃん、何か悪いことしたの?」と言われるのを恐れている程度だから、利用されるだけだ。9月8日、大阪ドームで岩隈・松坂対決があったのだが、両方ともKO。日中オーナー会議で、合併が正式に決まったとあって、テンションが上がらないことこの上なし。同時に、どうも岩隈がアテネオリンピックから帰ってきてから、集中力を欠いているのが気になった。翌週千葉で投げている岩隈をTVで見たが、如何にも心ここにあらず状態で、2回で8失点と最低の投球だった。私は、福岡も札幌も行った。それでも、礒部に比べればずっと楽なのだから。札幌での試合が終了したときとほぼ同時にストライキが決まり、試合に勝った近鉄の二次会は、過去のどの二次会と比べて忘れられないものとなった。関東支部の若い団員が「気合を入れろ、き〜んてつ!」と、泣きながらリードしていた。その壮絶さ、札幌に近鉄ファンなど殆どいないから、大多数が「遠征組」。しかしそこへ、地元のチームとなった日本ハムを応援する、新しいファンの方々が多数集まってくれた。「ストライキは当然さぁ」「近鉄は頑張らないとダメさぁ」と。野球ファンは、全国にたくさんいる。しかし、その殆どが巨人ファンとも言われるが、理由は巨人しか知る機会がないからなのだ。特にこの札幌などは、その最たる地域と言われていた。しかし日本ハムが来てまだ僅かなのに、この盛り上がりは何なのだ。そして、他球団を思いやる、パリーグファンのメンタリティを、しっかり身に着けているじゃないか。はっきり言って、大阪の阪神ファンなんかより、何倍も親近感を覚えた。それにしても、あの合併発表から3ヶ月で、行き着くところまで来てしまった感じだった。近鉄ファンにも色々いるだろうが、ここにきても私は「近鉄が迷惑をかけている」という気分だった。それともう、合併撤回なんて余程のウルトラCでもない限り無理だろうし、札幌から帰れば最後の大阪ドーム4連戦がある。しかも相手はオリックスとあって、これでもう最後の最後。台風で中止になった西武戦が、どこに組み込まれるかは判らないが、ある意味このストライキ期間が、近鉄との決別を実感させてくれた。

終焉…しかし

最後の大阪ドームの試合は、予想通りだった。台風で中止になった西武戦が、9月24日に組み込まれ、これが本拠地最後の試合となった。近鉄は最後までアホで、内外野自由席を無料開放したため、一見さんだらけとなる。もはや、満員になって盛り上がる必要などない。マスコミも、当然多く来ていたが、私の「自由指定席」は取材されやすい環境にあるので、マイクを向けて来た奴が3人いたが、全く無言だった。話すことは、もはやない。全国には、この最後の試合に来たくても、来られない近鉄ファンの人がたくさんいる。しかし一方で、別に来る必要もない奴が多く来ていたのは、はっきり言って迷惑だった。同じ頃、ライブドアと楽天の新規参入争いが展開されていたようだが、別段興味を持って見ていなかった。よく言われる、楽天が後出しじゃんけんということも、当時情報を仕入れていないから、今ひとつ良く判らない。何となく、仙台に球団ができるのだろう。それが楽天になったことは、それに対して感想もないし、ライブドアが気の毒とかもない。企業としての格を見れば、楽天が選ばれて当然だし、堀江氏などと同等に見られていた三木谷氏も気の毒だった。ただ、札幌の姿を見ていたから、仙台も同様になれば良いなとは思った。間違っても、大阪のように歪んだことにならないように、それは今でも祈っている。更に、私も上京が正式に決まったので、その準備もあったから、所謂分配ドラフトというものも、「あ、今日なのか」と当日になって知った程度である。要するに、近鉄とオリックスの選手がシャフルされるのだが、当日になってネットで過去の記事をあれこれ調べれば、礒部はもちろん、吉岡・中村・北川・藤井・阿部・岩隈・福盛などの主力のほぼ全員が、オリックスに行きたくないと言っている。水口・吉田・高村などベテランは、どちらでもという感じだった。更に礒部が、9月23日に選手の希望を優先すると約束したと言っている。なら別に、近鉄の選手が全員楽天に行けばいいじゃないか。その後で、オリックスに近鉄が20%出資するとかは、勝手にやってくれれば良い。その分配が終わり、近畿日本鉄道の個人所有の株式を売却して、私は上京して新生活に入った。分配結果を眺めて、来季のことは来季に考えるとして、とにかく新生活だ。もうこの件は終了…と思ったが、思わぬところで興味を抱かざるを得なかった。岩隈が、猛反発し始めた。

岩隈の主張はこうだった。自分(岩隈)は大阪近鉄バファローズと契約したのであって、オリックスとは契約していない。よって今回の合併は納得できないし、分配ドラフトでオリックスに行くことは、事前の面談で拒否している。それなのに、オリックスに行けと言われても、行けるわけがないと。この主張に、世間の意見は分かれた。まず、もう選手会が承認したことに対して、今更何を言い出すのかということ。それと、北川博敏なども「好きでオリックスに行くわけではない」と言った通り、他の選手も行くのだからそれは身勝手だろうと。確かに、それらは否定しようがないことだとは思う。しかし、その背景には、今後絶対あってはいけない「球団合併」という事象があるわけで、一概に身勝手とは言い難い。今更という件では、体育会である世界の特殊事情で、近鉄の場合、礒部や中村などの世代の選手がチーム内を仕切っていて、幾ら実績があっても、若い岩隈は先輩たちに気を遣わなければいけない。その真っ只中で、スター選手の岩隈が行動を起こせば、礒部なりに迷惑をかけてしまうわけで、一応の決着がついたところで、他の選手に迷惑にならないような配慮が岩隈にあったと思われる。それと、他の選手も納得しての件は、これは個人事業主であるから基本的に関係ない。だから、岩隈以外の選手でも、反発したかったらすれば良い。従って、私は岩隈に対しては、どちらが正しいかは判断しかねるが、やるのなら徹底してやって、岩隈自身が納得できれば良いと思った。なぜなら、大阪で生まれ育って「小さい時から近鉄ファンだった」という朝井秀樹と違い、東京で生まれ育って近鉄など身近でなかったであろう岩隈が、こんなチームでもここまで好きになってくれたことが嬉しくて、この選手を応援してきて良かったと思えたからである。

そんな岩隈対しての動きは、もちろんオリックスのフロントは説得に動くが、これが全く埒が明かない。そこで、新選手会長となった川越英隆投手が、是非一緒にやろうということで、直接岩隈と会談する機会を設けた。結果的に、それでも岩隈は納得しなかったのだが、私はこの川越投手の行動は非常に立派に見えた。本来はフロントがすべきことを、選手会長自ら行動を起こしたのだから。岩隈も、先輩選手に対して失礼のないように丁重にお断りして、川越投手も岩隈を腐したりしなかった。オリックス以外なら、どこでもプレイするという岩隈に、妙な情報が流れた。讀賣の高橋尚投手とのトレードということが、まことしやかに流れた。これには、高橋投手が猛反発の会見を開いたが、これも高橋投手の気持ちは良く判るし、高橋投手も岩隈に対する非難はしなかった。

オリックスとしてみれば、新規参入が決まり、2リーグ12球団が維持されることになっても、近鉄との合併という形式には拘っていたと思う。でないと、近鉄選手の「いいとこ取り」ができないし、その1番のターゲットが岩隈だったのだろう。ただ、こうなると説得力がないのも事実で、川越投手や仰木彬監督でも説得しきれないのだから、フロントの誰がやっても無理だろう。唯一可能性があるとすれば、オリックス行きが決まった近鉄選手、水口や北川がやれば、もしかした違った可能性はあったかも知れないが、彼らはそんなことはするわけがない。近鉄の選手たちはこの1年、散々痛めつけられたから、岩隈の行動だって理解しているので、止められようもない。楽天に決まった礒部も、もちろん岩隈と一緒にプレイしたいけど、今は何も言えないとし、吉田豊彦も自らのHPで、クマ(岩隈)もまだ若いから、これからも球界にお世話になるのだし余り反発しない方が良いと思うけど、こればかりは本人が決めることだからね、と。「かつての」チームメイトたちは気にしていた。パリーグ会長は、一年間オリックスでプレイして、それから先はまた話し合えばよいと提案しているが、そのような折中案や先送りを、岩隈は求めていない。そんな姿勢だから、選手やファンに舐められるのだ。

クリスマスを前にして、岩隈の楽天への金銭トレードという形で決着はついた。楽天は大喜びで岩隈を迎え入れ、田尾監督は開幕投手と決め、岩隈を中心としたローテーションで行くことも宣言した。終わってみれば「あっけなく」という印象だった。

FA宣言し、分配ドラフトには関係なかった大村は、ダイエーと日本ハムからオファーがあった。大村自身は、楽天にラブコールを送っていたが、楽天は慎重過ぎるほど慎重に取組んだため、多額の資金を要するFA選手の獲得は見送った。楽天の考えは理解するが、個人的には是非取りに行って欲しかったのだが…結果的に、大村はダイエーを選び、そのダイエーも程なくソフトバンクへの身売りが決まった。合併や新規参入と違って、実にスムーズに決まったが、それもこれも当初は消滅対象とされていたダイエーの高木社長が、最後の最後まで踏ん張って球団を存続させたことによる。あの間、様々なプレッシャーがあったと思う。早く消滅させろと、球界内部から圧力はかかっただろう。しかし、ダイエーは自らが産業再生機構入りを余儀なくされても、九州のファンに対する「仁義」を切った。産業再生機構入りしたときに、近鉄の山口社長は「2ヶ月遅かったな」と。また、あるところで見たダイエーファンのコメントで「これからもダイエーで買い物するぞ!」と。同じ球界を去る会社として、こうも違うものかと。31年間応援し続け、それ以上に幼いときからお世話になっていた近鉄とは、そんな程度なのかというのが、切なくもあった。また、大村のFAでの移籍金を巡って、近鉄とオリックスのどちらが取るのかということで揉めたようだった。そりゃ確かに近鉄の大村だったのだが、野球の大村であって、大村は近畿日本鉄道の運転手ではない。よって、オリックスバファローズに入るのが正当だと思うが、何かスッキリしなかった。

年も明けて2005年、最後の懸案であった中村は、ポスティングシステムによって、ドジャースに行くことになった。2年前にメジャーに行っていればという無念もあったと思うが、当時はFA選手だったのだから、それは自分が決めたこと。マイナー契約ということだが、そこから這い上がる中村の姿を期待する。一方で、近鉄は中村に対して、複数年契約の未経過分の年俸の見返りに、4億の功労金を支払うとした。FAのとき、2年後希望すればメジャーに行けるというサイドレターがあったそうで、今回はそれに該当すると思うが、最後まで贔屓する選手としない選手の格差があった。

後記

株式会社大阪バファローズは精算され、小林球団社長は、本社の専務から常務に格下げとなって戻った。足高代表は最後まで球団に残って、残務整理をしてやはり本社に戻った。裏方さんたちも、それぞれオリックス・楽天に分かれた。

暫くして、近畿産業信用組合が「大阪に市民球団を創りましょう」と呼びかけ、それも梨田監督を迎えて近鉄バファローズの後継にとも言っていたが、冗談じゃない。かつて近鉄バファローズの永井球団社長が、チーム名に「大阪」をつけて「大阪近鉄バファローズ」としたり、商工会議所や大阪経団連等でも、いずれは「市民球団」の方向に進めるよう、大阪の各企業や自治体にバファローズの支援を呼びかけていたが、誰も賛同してくれなかったじゃないか。それを今更正論掲げてたって、胡散臭いだけだった。

終わってみて思うことは、この合併は、選手たちはプレイし続けることができたので、現状維持かもしれないがプラスにはなっていないだろう。近鉄ファン・オリックスファンの大多数は、ここから迷走の道を歩むことになった。唯一良かったのは、仙台に新球団ができて、仙台の野球ファンが楽しめるようになったことくらいだ。しかしこれも、近鉄との引き換えにという見方も成り立つが、本来あるべき姿としてはおかしい。本来は、エクスパンション等で球団を拡張して、全国の主要都市に球団を創る方が健全である。よって、楽天は近鉄との引き換えとは思わないし、結果的にそうなっただけである。オリックスは、選手は大きく入れ替わったが、球団の運営は合併前と変っていないように見える。翌年は、合併対象と言われていたロッテが。翌々年は、球団存続を賭けて北海道に思い切って拠点を移した日本ハムが優勝し、それぞれ日本一にもなった。それまで長い間、チームも弱く人気もなかった球団だったが、一念発起して頑張って良い結果を得たのである。もちろん、これからも安泰ということではないが、関西人の私に馴染みが薄く、讀賣などの論調では「無くても良い球団」が、こうして栄光を掴んだことは、大いに意義があることではなかろうか。球団を持ち続けていれば、決して悪いことばかりではないのだ。

誰も幸せにならなかった、2004年の球界再編騒動。オリックスの宮内オーナーは、今回のことは失敗だったと整理し、時が経てば反発もなくなるとも発言した。私の知る範囲では、近鉄ファンの中でオリックスバファローズを応援する人でも、選手を応援するとか以外では、チケットが安いとか、私設応援団が一緒とか程度で応援してる人しか知らない。ましてや、近鉄バファローズの後継球団と認識してる人は、皆無に等しいのではないか。翌年になって、あの2004年の出来事について書かれた書物が数多く出版され、殆ど余すことなく読んでみた。それぞれに論調は違うのだが、これだけは言えるのは、後世に恥ずかしくないような決着を期待したが、実際はそうは行かないようであるということ。そして、合併が承認されたとき、田代元オーナーは「有難い、これからはファンサービスを充実させたい」などと言っていたが、この2年間で20%出資している近鉄の姿はどこにもない。浪花節ではないけども、いつの日か全てを水に流し、オリックスバファローズを受け入れることができるようになるのは、いつになるのか全く見えて来ない。