各 位
近鉄バファローズが消滅した直後の、平成16年11月24日より、近鉄バファローズメモリアルとして運営して参りましたが、ほぼ2年間を経て、大幅にリニューアルさせていただくことしましたので、ここにご報告申し上げます。
この2年間、31年間応援して来たチームの消滅により、自分自身どのように身を振るのか。特定球団のファンとして見て行くのか、近鉄バファローズの選手を応援するのか、或いはもうプロ野球とは関りを持たなくなるのか…いろいろ選択肢もありましたが、結局はムリせずに過ごして行くには、楽天イーグルスを応援して行くのが一番良いという結論に、自然に至りました。
そうなると面白いもので、それなりに頑張っている楽天野球団を応援したくもなる反面、決して自分の過去を否定する性質のものではありませんが、31年間付き合ってきた中で、たくさんあった近鉄のダメな部分も思い出され、手法はともかく消滅するのも仕方ないと感じ、これからの時代には相応しくない球団とも思えるようになりました。
2004年の件は、決して忘れません。忘れないからこそ、今後あのようなことがないことを祈る次第ですが、野球界というところは、警戒を緩めてはいけない世界です。楽天イーグルスの場合、あの問題を正面から受け止め、真摯に取組んでいることが見えたも、前に進めた理由でもあります。頭では判っている方も多いでしょうが、この球団を「近鉄色」とか「近鉄の後継」とかという期待を込めて見ると、必ずムリが生じます。それを捨て去ることができないと厳しいというのが、2年間私が見てきて感じたことです。だからといって、わざわざ近鉄を排除しようとしているということもなく、ごく普通に、集まった状態から物色しているという感じですので、別段おかしなことはありません。
私は「今でも近鉄ファン」という概念は今日限り捨て、「元近鉄ファン」として今後過ごして行きたいと存じます。
私が近鉄バファローズと歩んできたのは、豪快ないてまえ打線だからとか、ドラマのような奇蹟の逆転劇を演じるとか、ダメな子ほど可愛いとかではないです。それらは副産物であって、一番は「近鉄」だからでした。大阪上町で生まれ育ったので、近鉄の企業城下町のような環境で、当たり前のように身の回りには近鉄。それはもちろん、今も変らない光景だと思いますが、近鉄があってバファローズがあって野球があって、そんな自己展開でした。だから、あのとき仮に「大阪ライブドアバファローズ」が誕生したとしても、簡単には移行できなかったと思います。そんな地元のチームを知り、歴史を紐解けば今の楽天並み、いやそれ以上に弱かったチームで、辛うじて「地下鉄」とか「ボロ鉄」などと言われていた時代も憶えています。
でも近鉄バファローズは、私が幼い頃からずっと側に居てくれて、ちょうど西本幸雄監督が就任した時から見始め、5年間の下積み経て6年目で初優勝。チームが、徐々に成長して行く過程を、間近で見ることができたのは大変幸せでしたし、学んだことも多かったです。その後も、一時的に大阪を離れた時期もありましたが、基本的に地元大阪で、南河内で、3つの本拠地球場を中心に、何度も足を運んで、声を出して応援し、ファン感謝では選手と触れ合い、オフには企画ものにも参加させて貰いました。もう、生活の一部どころか、中心でしたね。31年間本拠地で、通算1000試合以上見ていると言っていましたが、どう計算しても、大阪ドームでは500試合は超えているし、藤井寺は700試合は越えている。日生球場の場合は、子供時代だったのですが、年間30試合は行っていたので、10年間ですと300試合。よって、1500試合くらいでしょうか。これに、なんば・西宮・GS神戸などのビジターや、関東・九州などの遠征も入れれば、もしかしたら2000試合に行っているかも知れません。本当に、年数は長かったけど、よーやるワ!いう印象です。そんな環境で育ったから、当初は周りの子も少なからず近鉄に触れていたのですが、少しづつ大きくなるに連れ、いつも強い阪急や、大人がみんな応援している阪神や巨人に、周りの友達もみんな流れて行く。子供だから、そんなことで喧嘩になったりもしましたが、私は地味でも弱くても、いつも側に居てくれる近鉄から離れられなかったです。
もちろんこれだけ観戦できたのですから、日本一になること以外でやり残したことや、個人的な悔いなんか全くありません。むしろ、幸せなくらいですので、近鉄さんに対して感謝とは言い難いですが、選手を始め関係者の皆さんには大いに感謝。日本一になれなかった夢は、私個人は楽天イーグルスに託すとしますが、この夢はまた遠くになった感じですので、どうせここまで伸ばされたのだから、これからも気長に追いかけてみるかなと思っています。
よって、近鉄バファローズメモリアルサイトだった「いてまえ!」の心意気も、大幅に仕様を変えます。大きく、近鉄バファローズメモリアルと、楽天イーグルス応援の二本立てにして、それぞれの名称を「いてまえ!の頃」と「心意気高らかに」にして、その2つの統合が「いてまえ!」の心意気ということで…少々、こじつけ的ですが、そんな体系にします。もうひとつ大きなことして、これまで2年間創り上げてきたものは、そのまま残す形ですが、近鉄バファローズメモリアルの「いてまえ!の頃」は、本日をもちまして、今後特別な事情がない限り、更新は致しません。と言うか、更新したくてもできないです。同時に、何かご要望がありましても、ご期待に添えないと思いますので、何卒ご容赦願います。
ただ掲示板については、一応今まで通りの形のままで、「いてまえ!の頃」に設置して、「心意気高らかに」には当面設置せずにして置きますが、これは今後変更の可能性は大いにありますので、変更する場合は事前にご連絡いたします。また、こちらの一方的な都合でサイトの主旨を変更しましたので、相互リンクを貼って下さっている皆様の中で、この変更は賛同できないから相互リンクを解除したいという方は、遠慮なく申し出てください。
2004年のシーズンに、本当に打ちのめされた出来事から2年。野球界に残された課題は、根本解決はしていません。球団格差は厳然としてありますし、本来発展に寄与すべきマスコミの品のなさもそのままで、第2第3の一場問題だって出てくるでしょう。しかし、野球の本質は何なのかと言えば「答は現場にある」わけであって、私にとって野球は「現場」以外あり得ない。スポーツは文化だとか、視聴率がどうだとかの空論は信用ならんわけで、事実さえ掴んでいれば良いものです。このスタンスは、今後も変らないと思います。
本日私は「四十にして惑わず」の不惑を迎え、再出発には丁度良いタイミングです。そんなこんなで、サイトの主旨変更は申し訳ないのですが、私の偽らざる心境をこれからも残して行きたく、ご理解賜れば幸いです。楽天イーグルスは、近鉄バファローズ以上に仙台をはじめとするファンの方々にいつまでも愛されるチームになるよう、その成長過程を綴って行ければ良いなと、今は思っています。今後とも、何卒ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。
敬 具