2005プロ野球かくあるべし!

13.あの騒動を、今一度検証してみたい・・・

(Aセリーグの譲歩と、パリーグの負け犬根性)

「あの騒動」を時経過的に振り返ると、妙なことに気付く。かなり、こじつけではあるが、毎月13日という日に、大きく流れが変化する出来事が起こっている。6月13日が、近鉄側からの「合併発表」であるが、7月13日にはその流れ、所謂合併⇒1リーグ化への動きについてのシナリオが、一気に崩れる出来事が、意外なところから起こったのである。

合併発表の翌日は月曜日で、近鉄ファンを公言する私は会社のいろんなところから問い掛けられた「近鉄なくなるやなぁ」「岩隈来んかなぁノリはいらんけど」など。最初は、それなりに対応していたが、いい加減面倒になったので「人に聞かんと、おんどれ自身で調べろや!」てな対応もしたり、ブチ切れたときは、そいつの業務上の些細なミスを会議で突き上げたりするなど、我ながら大人気なかったりしたが、案外男の社会とはこんなものである。それにしても、ここからの流れは急だった。

合併発表の翌日は、概ね各オーナーの反応は歓迎ムードであり、17日にはパリーグの緊急理事会が行われ、合併について意図も簡単(に見える)に了承された。週末の19・20日は神戸でオリックス戦、この直前に三輪がファームに落とされ、シーズン終盤まで上がれなかった不可解があった。20日の試合終了後は近鉄ファン「総決起大会」。レフトスタンドから正面に向かって歩きながら「山口!出て来い!」コールを連発。翌21日は、NPB実行委員会でセリーグ球団も含めて、合併は基本的に合意に達した。22日に、ロッテのオーナーが、パリーグ存続の意義がない旨のコメントを発表。一方で合併球団の、大阪・兵庫のダブルフランチャイズについては、阪神が反対した。マスコミが書き立てる「1リーグ」へ向けたシナリオが、少しづつ現実味を帯びてきた。この夜、大阪ドームで決勝打を放った北川が、お立ち台で涙したのもこの日であった。

ファンは何ができるのか?忸怩たる思いの近鉄・オリックスファンに、一筋の光明が差したのは月末30日。ITベンチャー企業の「ライブドア」が、近鉄球団に買収を申し入れていることを発表した。この件についての詳細は割愛するが、堀江氏の発言で「昔はヤクルトやオリックスだって聞いたことない会社だった」というのには納得。しかし、その夜近鉄社長が、酒に酔った風情で「身売りはない!」と断言した。そして迎えた7月7日のオーナー会議で、近鉄オリックスの合併は、既に既成事実の如く扱われたのみで、正式には9月8日に臨時オーナー会議を開いて承認する方向であると発表された。しかし、驚くべき発表が西武のオーナー(当時)から発表された。「パリーグで、もう一つの合併を模索中で、1月以内に決まる」とのこと。この会見では、その事実のみの公表だったが、この夜放映されたNHKのニュースで、讀賣のオーナー(当時)の独占インタビューがあり「セリーグは巨人があるからいいが、パリーグを放置していいのか?」「10球団になれば1つのリーグで闘えばいいし、オールスターは東西対抗にする。」「今は12球団で2軍も入れれば24チーム。今度は3軍制にするので30チームになって拡大なんだ!」と、愚にもつかない方針をのたまっていた。僅か1ヶ月、当時は渦中の球団ファンとして、世間が感じるほど「速い」とは感じなかった。なぜなら、毎日この手の話ばかり気になっていたからである。しかし、今振り返るとやはり性急な動き様である。オールスターゲームは、今年で最後になるかもしれないという触れ込みで、異様な雰囲気の中で行われた。

この時期、岩隈久志は自分の公式サイトを開設したばかりである。可哀想に、当初から計画していたことであろうが、拠りによってこの話題から始めなければならなかった。中村紀洋は、不振ながらもパリーグの顔として、オールスターでもホームランを打ち、アテネに向けてスタンバイ中。好調な礒部公一が、オールスターに初出場した。

ここまでの間に、近鉄・オリックスとも、一応の球団から選手への説明はあった。近鉄は「集客イベントをやりましたけど、経費が嵩みました。割引サービスをしましたけど、単価が低くなりました。」だったそうである。まあ、言い逃れの口上であるが、やはりバファローズが存続するにしてもこの会社じゃもうダメだろうと思わざるを得なかった。そして、オールスターも終わった7月13日。大阪で、市民球団として球団存続を訴える会が発足し、礒部や大村を始めとする選手達や、ライブドアの掘江氏も参加したいた。この会が、選手の署名活動を促すきっかけになり、いよいよ騒動が本格化してきた。しかし、それ以上に大きな出来事が、7月13日同じ大阪で起こったのである。

阪神タイガースの、野崎球団社長と星野仙一SDが、阪神のオーナー(当時)宅を訊ね、急速な1リーグ化への動きと、球団の安易な合併にストップをかけるべきであると訴え、オーナーも理解を示したことを発表したのである。野崎社長は「1リーグ化なんて話は、今まで1度も議論されたことはありません。」「近鉄さんが球界から撤退するにしても、急に辞められて球団数が減っても残った者が迷惑する。」「セリーグの各球団さんも、私どもに同調しますよ。」まさにこれは、オーナー連が一枚岩ではないことの証明であり、何よりも球界では讀賣に次ぐ大きな勢力である阪神が、真っ向から讀賣に反対したので、事態は大きく変化することになった。私は正直、阪神タイガースという球団は好きではない。しかし、ご都合主義かも知れないが、このときの野崎社長の発言は真っ当であるし、これでもしかしたらバファローズが存続すればと思ったのも、偽らざる進境であった。今まで口に出さなかったが、このときの野崎社長の精力的な行動には感謝している。

結果的に、このとき提示された「野崎案」こそが、2005年のプロ野球の枠組みの基本になっているのは事実である。交流戦を導入して、もっと盛り上げれば変わるんじゃないか?しかし残念ながら、ここまでセリーグの人気球団が譲歩したのにも関わらずパリーグ各球団、ことにオリックス・西武・ロッテは「球団を減らしてセリーグ(讀賣)にお願いして、1リーグにして貰おう」とする行動を緩めなかった。まったく、こんなオーナー達がやっているリーグを、今まで観てきたことに対し、愕然としたのもこのときであった。