生で見た記憶に残る試合

10 平成16年9月24日 最後の本拠地試合 最終戦で有終の美、ホンマにこれで最後なんか? 近鉄 3−2 西武 大阪ドーム

見たいけど、見たくない試合でもあった。こんな体験は、2度とないであろうし、もうしたくはない。何と言うか、今まで当たり前のようにあったことが、もう無くなるということが現実に起きると言うか・・・甘いかもしれないけど、今もって振り返っても不思議であった。バファローズは昔から、選手とファンの距離が近い存在であった。しかし、チームを運営するフロントとは、全く疎遠であるし、別にフロントなどどうでも良かった。それは、フロントも同じで「ファンなどはどうでも良い」ことが判ったし、過去フロントと選手の不仲が囁かれることはしばしばあったが、今回は互いに背中を向き合う姿が、公然と行われた。6月13日の「合併発表」から3ヶ月以上経過したが、この間発生した「異常事態」は絶対忘れないし、世の中には一所懸命頑張ったり、正しいであろう方向を見出しても、一部の力で大衆が泣くことが起こり得ることを、身をもって体験した。前日まで頑張った選手会、とりわけ「当事者」である近鉄・オリックスの両選手会長である礒部と三輪は、前日の試合を欠場してまで、経営者側と最後の交渉に臨んだ。しかし、結果は惨敗・・・ブラウン管に映し出される礒部が、泣きながら会見に答えている姿を、全国の「真の」バファローズファンにとって、これからの生き方変えなければならないことを感じたであろう。もちろん、礒部に対しては、感謝こそしても恨みなどあるわけがない。球団の歴史として54年間、私のファン暦として31年間続いた、近鉄バファローズは来季からもう、いない。

この日は、本拠地大阪ドームとして最後の試合であり、近鉄球団としても最後であった。ふと私は、16年前の大阪球場を思い出した。南海ホークスとして、最後の大阪球場の試合の相手は、近鉄バファローズだった。このときは、西武ライオンズと優勝争いをしていて、例え南海の立場があっても、勝たねばならない状態であった。結果的に、「10.19」で優勝を逃すが、この日過去見たことがない南海ホークスファンに囲まれ、多勢に無勢であったこともあってか、南海ホークスに敗れてしまった。試合後、ホークスナインによるセレモニーも付き合ったが、泣いているファンの方も多く、グランドからホークスの選手が消えて行く姿に、空しさや切なさを感じた。ライバルチームではあったが、もし2番目に好きというチームがあるとすれば、私は迷わず「南海ホークス」と「阪急ブレーブス」と言う。結局その年、阪急も身売りしてしまい、近鉄が優勝を逃したことや、自分自身の大学卒業もあったが、昭和の最後の年は寂しかった。何か、近鉄だけが取り残されたようで・・・

だいぶ前から、内外野自由席の無料開放は宣伝されていた。しかし、その「捌き」について、大阪ドームの対応に不信を抱いているので、私は仲間とともに、午後から休んですぐにドームに行った。私は年チケ(正式には自由席サポーターズチケット)を持っているが、無料開放されると、遅れて行った場合入場できない可能性がある。また、前日までオリックスと4連戦があったが、その間24日の捌き方法の発表があったが、日々内容が変る不手際であった。相変わらず、不備だらけで注意力のないことこの上ないが、今更もう、この大阪ドームの不手際について、文句も言う気力もない。案の定当日も、前日の発表とは違う形での入場となった。通常より1時間早い15:00に入場し、いつものところに場所を取る。時間が有り余っているので、ドーム内をくまなく歩いてみた。

対戦相手は、過去幾多の名勝負を演じてきた西武ライオンズ。試合は、行き詰まる展開であった。まあしかし、この無料入場というものは、何とかならないものか。最後くらい、有料でもそれなりにお客さんは入ったと思う。何しろ外野自由席には、時間が経つにつれ人が溢れ出し、通路に腰を降ろしたり、守備のときにも立っている「観戦慣れしていない」者や「阪神戦の観戦パターン」の者が多すぎて、非常に迷惑だった。そして、最後の最後でマスコミ。もちろんこんなときは、見慣れない者が多く来たりするのだが、私がトイレに席を立ち戻ると、私の席の上に置いてある、鞄の上に機材を置いていたので、そいつの胸ぐらを掴んで、思い切り怒鳴ってやった。何が空しいかって、最後くらい今まで観戦してきた、本当のバファローズファンだけで、いつも通り観戦したかっただけだった。ストライキの影響もあって難しかったが、最終戦は休日に設定すれば、遠隔地のファンの方も来やすかったし、有料にすれば物見遊山の者は少なかっただろうし・・・何より気分が悪かったのが試合終了後、いつもより長い2次会で、ずっと応援の第一線で頑張って来られた団長が、涙ながらに一所懸命の話していると、それを笑う不貞の輩がいたことである。それは女の子であったが、申し訳ないがどうしても許せないので、仲間と一緒に叩き出した。

試合自体は、延長戦の末、星野のサヨナラヒットで勝利した。この際、勝敗はどちらでも良かったが、やはり勝てたことは良かった。サヨナラヒットで、いつもながら選手たちが総出で喜び合っている姿を、いつまでも見ていたかったが、確実に時間はやってくる。そして、普通であれば、近鉄経営陣から何らかの挨拶があっても良さそうなものだが、まあ状況的にムリであろう。ここまで、本意かどうかは別として、無視し続けてきたのであれば、最後までファンというものを毛嫌いするのは仕方ない。面白かったのは、この日初めて入場時の持ち物チェックがあったことである。これについても、目くじらを立てても仕方ないであろう。

16年前、大阪球場で見た、南海ホークスの最後の場面同様、スタンドにボールや使用品を投げ入れして、全員で記念写真を撮った選手たちを、最後まで追い続けた。ライトスタンドでの2次会では、懐かしい応援歌が奏でられたが、私は7回くらいから泣き出してしまったため、この時点ではすっかり涙も枯れ楽しく参加できた。大阪ドームを出たのが23:30だったので、帰ろうと思えばギリギリ帰れる。しかし、そんな気分ではないので、野外での3次会も最後まで参加した。その後は、ミナミに繰り出したのは、言うまでもなかったし、会話が弾まないのも、言うまでもなかった。

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